白幡八幡大神

2018.10.07[ 神社 ]

河内源氏2代目棟梁だった源頼義が造った祠が起源と伝わる八幡さま 白幡八幡大神

河内源氏2代目棟梁だった源頼義が造った八幡祠が起源と伝わる「白幡八幡大神(しらはたはちまんだいじん)」。

源頼義が鎌倉より奥州征討(前九年の役)に向かう際に、京都の石清水八幡宮からの御加護を祈願する際『この度の使命を果たす事が出来ましたら鎌倉から奥州へ行く街道十里(40km)毎に八幡祠一社ずつを造りますと誓いをたて』(神社御由緒より)、奥州平定後の1061年に最初の里程であったこの地に祠を建てました。(※源頼義は出立の地である鎌倉に由比若宮を創建・これは鶴岡八幡宮の前身です)

時代は下り源頼朝が鎌倉幕府を開府後、祖先の足跡を調べて1192年に再建。鶴岡八幡宮より御分霊を勧請し「源栄山八幡宮」と称するようになりました。この頃小山田重成がこの地域一帯を拝領し稲毛重成を名乗るようになり、彼が治めていた稲毛領の総鎮守として崇敬されるようになりました。

明治期に現在の「白幡八幡大神」に改称。

御祭神は、玉依姫命・神功皇后・応神天皇。配祀神として、伊奘再命・事解男命・速玉男命・天照皇太神・国常立命・倉稲魂命・日本武尊・天満大神・奥津島姫命。これらは、大正期に合祀された各神社の御祭神。

こちらの神社には「禰宜舞」と呼ばれる、猿田彦命・天鈿女命・天児屋根命・彦火火出見命・大山祇命の五座の神々の舞のことで、川崎市の重要文化財(市重要習俗技芸)に指定されています。舞の際の太鼓の調子から「デデンコ舞」とも呼ばれています。徳川家康の関ヶ原出陣の際に戦勝祈願で行ったのが起源ともいわれています。こちらの舞は「一子相伝」にて伝えられているものだそう。

最寄駅は、東急田園都市線「宮前平」駅。徒歩だと30分ほどでしょうか。宮前平、あるいは溝の口からのバス利用が便利です。

白幡八幡大神写真

白幡八幡大神写真

白幡八幡大神写真

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