浅草神社

2019.07.05[ 神社 ]

浅草神社

旧浅草郷の総鎮守・「三社様」と呼ばれ慕われている古社 浅草神社

浅草・浅草寺の建立に関わった三人を御祭神として祀る「浅草神社」。

浅草神社公式ホームページによると、お隣の浅草寺の御由緒は以下の通りです。

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推古天皇の御代三十六年(六二八)三月十八日の春麗らかなる朝、漁師の檜前浜成・竹成の兄弟が、浅草浦(現隅田川)で漁労に精を出していたところ、その日に限り一匹の魚も獲れず、投網に掛かるのはただ人形の尊像だけでした。しかしそれが観音像とは知らずに、幾度か海中に投げ入れ何度場所を変えても同じ事の繰り返しです。流石に兄弟は不思議に思い、その尊像を捧持して今の駒形から上陸し槐の木の切株に安置しました。そして当時郷土の文化人であった土師真中知にその日の出来事を語り一見を請うたところ、同氏は「これぞ聖観世音菩薩の仏像にして現世御利益仏たり、自らも帰依の念深き仏体である」と告げられました。

兄弟はその功徳を知りなんとなく信心をもようされ、深く観音を念じ名号を唱え、「吾ら漁師なれば漁労無くしてはその日の生活も困る者故、明日は宜しく大量得さしめ給へ」と厚く祈念して、翌十九日に再び浦々に網を打ったところ、船中は願いの如く溢れんばかりの魚に満ち足りました。

土師氏は間もなく剃髪して沙門(僧侶)となり自宅を新たに寺と構え、先の観音像を奉安し供養護持の傍らに郷民の教化に生涯を捧げられました。

(以上、浅草神社公式ホームページ御由緒より)

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浅草神社の創建年代は定かではありませんが、平安末期から鎌倉初期頃と云われています。古くは「三社権現」と称していました。

1868年(明治元年)に「三社明神社」と改称、また1872年(明治5年)に浅草郷の総鎮守として現在の「浅草神社」に改称されました。地元では「三社様」と慕われ、また例大祭も「三社祭」として全国的にも有名ですね。

御祭神は、土師真中知命・檜前浜成命・檜前武成命。いわゆる「記紀」に記されていない、しかも(今風に言えば)一般人を祀っている比較的珍しい部類に入る神社です(とはいえ、土師氏も檜前(ひのくま)氏も古くから大和朝廷に関わる氏族ではあります)。また「浅草名所七福神」のひとつとして、「恵比寿」も祀っています。

最寄駅は、東京メトロ銀座線・東武伊勢崎線・東京都営地下鉄「浅草」駅。

浅草神社写真

拝殿。

浅草神社写真

拝殿前の狛犬。

浅草神社写真

こちらは参道の狛犬。台座部分のみ獅子山風(?)。

浅草神社写真

境内社の被官稲荷神社。

浅草神社写真

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