馬絹神社

2018.10.03[ 神社 ]

古くから「女体権現社」と呼ばれ、地元の氏神様として崇められてきた神社 馬絹神社

古くから「女体権現社」と呼ばれ、地元の氏神様として崇められてきた「馬絹神社」。

創建年代は定かではありませんが、江戸期以前(1300〜1400年代とも)の創建と云われています。江戸時代には馬絹村の総鎮守であり、明治期には近隣にあった八幡社・三島社・熊野社・白山社を合祀して「神明神社」に改称しましたが、昭和61年(1986年)に現在の「馬絹神社」に改称されました。

現在の御祭神は、伊邪那美命・大山祇命・菊理姫命・応神天皇。

多摩川下流域には、かつて「女体権現社」と称した神社がいくつもあったようですが、御由緒がまちまちで共通する「女体権現」信仰というのが今ひとつ浮かび上がりません。こちらの神社には『伊勢大神宮遙拝のために建立』されたという言い伝えが残っているようですが、御祭神は古くから伊邪那美命だったそう。

個人的には、(1)筑波山は関東有数の修験道の聖地であったこと・密教において大日如来は天照大神(2)筑波女ノ神の御祭神は伊弉冊尊(伊邪那美命)(3)明治期に(おそらくは神仏分離令に基づき)神明神社に改称された(4)いまでも御祭神(主祭神)が伊邪那美命である、ということを踏まえると、元々の「女体権現社」とは、筑波山の女体権現を祀った神社(筑波山信仰)ではないかと思っています。

現在は北見方白髭神社の兼務社となっています。

最寄駅は、東急田園都市線「宮崎台駅」。徒歩15分〜20分ほど。

馬絹神社写真

境内社の稲荷社。

馬絹神社写真

秋葉神社・三島神社・八坂神社が合祀されている境内社。

馬絹神社写真

その昔、源頼朝が馬の袖衣を掛けたと伝わる「千年松の祠」。松そのものは昭和16年に枯れてしまっていますが、現在もその一部が保存されています。頼朝の逸話が「馬絹」の地名の由来となったとも云われています(※地名の由来については、諸説あります)。

馬絹神社写真

境内社の浅間神社。富士塚を登っていった先、馬絹古墳のすぐそばにあります。

馬絹神社写真

大鳥居から続く20基の石灯籠。なかなか荘厳な眺めです。

馬絹神社写真

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