根岸競馬場跡
2021.07.23[ 史跡・公園等 ]
日本最初の洋式競馬場として造られた「根岸競馬場」跡。
横浜開港後、居留外国人のために1866年(慶応2年)に設けられた、日本最初の洋式競馬場「根岸競馬場」。その後日本人にも解放されるようになり、明治期の要人の社交場となります。現在も行われている「天皇賞」や「皐月賞」も、この競馬場で最初に行われました。
1936年に「横浜競馬場」に改名。しかし太平洋戦争が勃発した翌年の1942年には海軍に接収され、以降この地で競馬が開催されることはありませんでした。
戦後は米軍に接収され、競馬場を含む地域一帯は「米軍根岸住宅地区」となります。競馬場の敷地は1973年(昭和48年)に日本競馬会の所有に戻りましたが、なお一部が米軍に接収されたままであること、また周囲の宅地化が進んだことから、競馬場として再開されることなく「根岸森林公園」と「根岸競馬記念公苑」となりました。
もともと競馬場のコースの「中」にあたる部分は、現在芝生の広がる公園になっており、また「コース」に当たる部分は公園のを囲うように通る道路になっていますが、かつての競馬場の雰囲気は全くありません。唯一「らしい」遺構として、旧丸ノ内ビルヂング(丸ビル)を手掛けたJ・H・モーガンによって設計された「一等馬見所」が現存しています。この一等馬見所だけ見ていると、まるで異国に来たかのような気分になります。
最寄駅は、JR根岸線「根岸」駅。
根岸競馬記念公苑内にある「五冠馬 シンザン像」。
パッと見た感じ、ここが競馬場だったことは分かりません。。
かつてのコースの内側部分は、現在は芝生広場になっています。かなり広いです!
競馬場跡だったことを伝える唯一の建物跡「一等馬見所」。
一等馬見所の近景(1)。
一等馬見所の近景(2)。そばには、往時の様子を伝えるパネルが展示されています。
パネルにあった写真から。一等馬見所を正面(馬場側)から撮った一枚。
この角度からだと、スタンドの傾斜も分かります。
MAP
神奈川県横浜市中区簑沢13−283