関戸古戦場跡(多摩市関戸)
2026.03.17[ 史跡・公園等 ]

鎌倉幕府討幕の重要な転機となった戦いの地
関戸古戦場跡(多摩市関戸)
新田義貞軍と北条泰家軍による激戦の地と伝わる「関戸古戦場跡(多摩市関戸)」。
建武の新政(元弘の乱)において、挙兵した新田義貞は鎌倉幕府軍と小手指原・久米川・分倍河原の戦いに勝利し、多摩川を越え、当時関所のあった霞ノ関(現在の関戸)にて再度北条泰家率いる幕府軍と激戦を繰り広げたと伝わっています(関戸の戦い)。この戦いに勝利した後、各地の武士が新田軍に合流し、後の鎌倉攻略に繋がったとされています。
多摩市教育委員会による『関戸古戦場跡』碑には、以下のように記されています。
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最初の武士政権である鎌倉幕府は、元弘三(一、三三三)年新田義貞によって滅ぼされた。
新田軍は鎌倉に向かう途中、交通の要所である分倍河原と関戸で幕府軍と合戦となり、五月十六日この地で勝利を収めた新田軍は勢いに乗り、六日後に首都鎌倉を征圧した。
多摩市教育委員会
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最寄駅は、京王電鉄京王線「聖蹟桜ヶ丘」駅。

通り(旧鎌倉街道)の反対側からの眺め。

覆屋の前から。

近影。
MAP
東京都多摩市関戸5丁目23









