新田義貞の首塚

2019.09.22[ 史跡・公園等 ]

新田義貞の首を埋めた場所と伝えられる場所のひとつ 新田義貞の首塚

建武の新政で活躍した武将・新田義貞の首を埋めた場所と伝えられる「新田義貞の首塚」。

「新田義貞の首塚」については国内にいくつかありますが、ここはそのうちのひとつ。

近くの案内板には、以下のように記されています。

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建武の中興の柱石であった新田義貞は、北陸を転戦中、延元3年(1338)、越前国(福井県)藤島で討死し、足利尊氏によってその首級をさらされていた。
義貞の家臣宇都宮泰藤(小田原城主、大久保氏の先祖)は、主君義貞の晒首を奪い返して領国三河に往き、妻子に暇を告げ主君義貞の本国、上野国(群馬県)に首級を葬るため東海道を下った。
しかし、酒匂川のほとり、ここ網一色村に達したとき、病にかかり再起できなくなってしまったという。そこでやむなく義貞の首をこの地に埋葬して、自身もこの地で歿したと伝えられている。
その後、新田義貞の首塚として地元の人に尊信されていたが、戦後一時荒廃してしまった。しかし、近年地元有志によって復興整備され、新田義貞首塚の碑も建立された。
なお北方八幡神社境内に、新田神社の祠がある。

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小田原と大久保氏、こんなところでも接点があったんですね。

最寄駅は、各線「小田原」駅。徒歩だと30分以上かかると思います。

新田義貞の首塚写真

手前は小さな公園になっています。なお、北側からは入れませんので、南側の道路から細い路地を通ってここまで向かうことになります。

新田義貞の首塚写真

鍵がかかっていて、中へは入れませんでした。

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