大山阿夫利神社(横浜市戸塚区矢部町)

2025.08.29[ 神社 ]

大山阿夫利神社(横浜市戸塚区矢部町)

天明の大飢饉からの救済を願い奉斎された大山祠 大山阿夫利神社(横浜市戸塚区矢部町)

天明の大飢饉からの救済を願い奉斎された「大山阿夫利神社(横浜市戸塚区矢部町)」。

1785年(天明5年)に、飢饉(天明の大飢饉)から人々を救いために戸塚宿町方の鈴木小助という人が大山阿夫利神社の御分霊を神明台に奉斎したのが起源と伝わっています。その後周辺の宅地造成時に現在地に遷座しました。

境内にある御由緒板『大山さんの由来』には、以下のように記されています。

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大山阿夫利神社(通称)

歴史年表によれば、天明二年から凡そ八年間、全国的大飢饉に見舞われたと記されている。
正面の十五窓格子型石造りの祠は、天明五年当時「戸塚宿町方」鈴木小助なる人の創達である。氏は信心厚く地方民を飢餓から救うため「大山阿夫利神社」をこの地に勧請し奉斎したことが左手の奉塔から容易に窺うことができる。
「大山さん」は農作と雨乞い将又、災害消除の神として人々の信仰を集め、江戸中期には「大山詣」と称し、」七月二十七日「大山夏祭り」として全国各地からの参詣人で賑わったという。
祭神「大山祗尊」は伊奘諾尊と伊奘冉尊の御子と伝えられる。

[付記]
当社は以前、現在の神明荘近くに在ったものを宅地造成にあたり、故北丸子氏が、この地に禊ぎ遷座させたものである。
アザリエの里を背負い、この地から災障消除するよう祈願し、永く尊崇せむことを誓い史実を明らかにし、併せて故人の遺徳を讃えたいと念額するものである。

昭和五十三年四月吉日
アザリエ自治会
平成二十七年七月吉日再建

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御祭神は、大山祗尊。

最寄駅は、各線「戸塚」駅。徒歩約10分ほど。

大山阿夫利神社(横浜市戸塚区矢部町)写真

坂下からの外観。中央に見える木の根元辺りにあります。

大山阿夫利神社(横浜市戸塚区矢部町)写真

正面からの外観。

大山阿夫利神社(横浜市戸塚区矢部町)写真

大山祠。

大山阿夫利神社(横浜市戸塚区矢部町)写真

脇には道祖神がありました。

大山阿夫利神社(横浜市戸塚区矢部町)写真

MAP

横浜市戸塚区矢部町1417−36

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