鐵砲洲稲荷神社

2017.09.15[ 神社 ]

鐵砲洲稲荷神社

平安時代創建・江戸湊の産土神として崇敬を集めた古社 鐵砲洲稲荷神社

平安時代初期に、地元民が産土の国魂神「生成太神(いなりのおおかみ)」を祀ったのが起源と伝わる「鐵砲洲稲荷神社」。

841年、桜田郷において凶作が続いていた際に、『産土の国魂神を祀り、万有の命を生かし成したまえる大御親神生成の大神として感謝し、日々の御守護を祈願した』(神社の御由緒より)のが始まり。当初「菜畠稲荷」と称していたことから、「生成太神」とは「稲荷神」を指しているものと思われます。

もとは五穀豊穣の神として(※大御親神生成の大神というくだりは稚産霊神そのものですが)祀られたのですが、時代がくだり一帯が湊として発展したことにより海上守護の神としても崇められるようになりました。

沿岸部の埋め立てにより三度の遷座の末(その都度海側へ移動しました)現在地付近に鎮座。室町時代には「八町堀稲荷神社」と呼ばれていたようです。

現在地がもともと京橋川と隅田川が合流した場所にあった砂州が鐵砲のように細長い形をしていたことから江戸時代に「鐵砲洲」と呼ばれるようになり、その地に遷座したことから現在の「鐵砲洲稲荷神社」と称するようになりました。江戸時代には鐵砲洲から芝浦までが「江戸湊」と呼ばれ、鐵砲洲が海と江戸市中への中継点でもあったことから「鐵砲洲生成太神」は海上守護の神として全国にその崇敬が広まったと言います。明治初期に社地が収用され、元の場所よりやや南の現在地に移動しました。

御祭神は、稚産霊神、豊受比売神、宇迦之御魂神。

最寄駅はJR京葉線「八丁堀」駅。徒歩5分ほど。東京メトロ有楽町線「新富町」駅からは徒歩10分かからないくらい。先の戦災を免れたということも関係あるのでしょうが、東京都心部にありながら古の雰囲気を残したお社です。

境内摂社の八幡社。

なぜか、二宮金次郎像。

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