奥澤神社
2019.10.15[ 神社 ]
世田谷郷東部の守護神として創建されたと伝わる「奥澤神社」。
室町時代、世田谷吉良氏の家臣・大平氏が奥沢城を築く際に、世田谷郷東部の守護神として八幡神を勧請し創建したと伝わっています。古くは「奥澤八幡」と称していました。
江戸時代には開拓によって新しくできた奥沢新田村の鎮守として祀られていましたが、明治期に奥沢本村の鎮守だった子安稲荷神社を合祀、「奥澤神社」と改称されました。
御祭神は、譽田別尊・稲倉魂命。
最寄駅は、東急目黒線「奥沢」駅。徒歩2分ほど。あるいは東急東横線・大井町線「自由が丘」駅からだと、徒歩5分ちょっと。
外観。
正面の鳥居。鳥居横の案内板「奥沢神社の大蛇のお練り行事」には、以下のように記されています(一部抜粋)。
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東京都指定無形民俗文化財(風俗慣習)
奥沢神社の大蛇のお練り行事
奥沢神社の大蛇お練り行事は、毎年九月第二土曜日に、氏子に担がれた藁製の大蛇が奥沢神社を出発し、半日かけて氏子町内を練り歩くもので、厄除けの大蛇として地域に親しまれています。
その由来は、江戸時代に疫病が流行した際、名主の夢枕に八幡様が現れ、「藁で作った大蛇を村人が担ぎ村内を巡行させよ」とのお告げがあり、そこで藁蛇を巡行させると疫病が治ったので、村人はその藁蛇を神社の鳥居に掲げたと言われています。
藁蛇の大きさは約九メートル、胴の直径は約二五センチメートル、重さ約一五〇キログラムで、祭りの一週間前に約四〇人が一日がかりで作り上げます。お練りの際は「ワッショイ」と掛け声をあげ、まるで蛇が道を這うかのように左右に激しく大蛇を動かしながら担ぎます。その脇では、沿道の見物客や氏子に疫病除けの藁が配布されます。
厄除け等の祈願のために藁縄で編んだ蛇を祀る行事は都内に数例残っていますが、その蛇を担いで氏子町内を練り歩くのは都内ではここだけで、都民の生活文化の特色を示すものとして重要です。
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「左めぐろみち/右品川みち」と書かれた石像。庚申塔でしょうか?
鳥居からまっすぐ進み、右に曲がったところに拝殿があります。
境内社の弁才天。元からここにあるのではなく、戦後に遷座したものだそう。