皇武神社(模原市中央区淵野辺本町)

2022.02.18[ 神社 ]

皇武神社(模原市中央区淵野辺本町)

「おきぬさま信仰」発祥の地 皇武神社(模原市中央区淵野辺本町)

「おきぬさま信仰」発祥の地「皇武神社(模原市中央区淵野辺本町)」。

創建年代は不明ですが、かつては境川縁にあった御嶽大権現が起源と伝わっています。南北朝時代にはこの辺りに淵辺氏の居館があったそうで、淵辺義博も篤く信仰していたと云われています。江戸時代初期に現在地に遷座、旧淵野辺村の鎮守として祀られていました。明治期の神仏分離により現在の「皇武神社」に改称、村社に列していました。

鳥居脇にある案内板には、御由緒について以下のように記されています。

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創建は定かではないが元和年間(1615年〜1624年)再建と伝えられています。延宝年間(1673年〜1681年)に境川縁の御嶽神社が、この土地に遷座され明治五年(1872年)に皇武神社に改称されました。この地域の鎮守で祭神は日本武尊。境内には稲荷神社、八雲神社などがあります。
本神社には養蚕にまつわる「おきぬさま信仰」が語り継がれています。

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※「おきぬさま信仰」については写真のキャプションにて後述します。

現在の御祭神は、日本武尊。

最寄駅は、JR横浜線「淵野辺」駅。徒歩約20分ほどでしょうか。

正面の鳥居と社標。

二段高いところに拝殿があります。

拝殿。

境内にある「蠶守神大神」。「蠶守神大神とおきぬさま信仰」碑には以下のように記されています。(※以下「蠶」を「蚕」として記載)

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かつて養蚕は農家の生活を支える重要な産業でした そのため あちらこちらの家から蚕のざわめきが聞こえ そのまわりには果しない桑畑が広がっていました この蚕守神大神は養蚕の守り神です 大きくとぐろを巻いた蛇を御神体とし古くから人々の信仰を集めていました 特に明治時代にはこの地よりおきぬさま信仰もはじまり それは遠く埼玉県や群馬県にも影響を及ぼしていましたこのおきぬさまにまつわる話は次のようです
むかし この神社の氏子の家で養蚕の作業が忙しい時期に人手がなくて困っていました そこへ神主の娘が手伝いに現れ てきぱきと仕事を片付けていきます ところが仕事が一段落すると娘はたちまち白蛇となり神社の拝殿の中へ消えてしまいました これは神社の神様が神主の娘に姿をかえて手伝いにきてくれたものだったのです それ以来養蚕の時期になると蛇のお札と娘の人形おきぬさまを受けに大勢の人々がこの神社を訪れました
今では養蚕を営む農家もほとんどなくなり おきぬさまを信仰する人もおりません しかし先人より受け継いだ伝統をさらに後世に伝え残すことが我々の責務と考え ここに蚕守神大神を復興することといたしました

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現在の町田付近から(多摩丘陵を除く)八王子あたりまでは、江戸時代から養蚕がとても盛んな地域でした。そんな土地ならではのエピソードなんですね。

境内の鐘楼。古淵・淵野辺周辺の神社は、鐘楼があるところがとても多いです。

MAP

神奈川県相模原市中央区淵野辺本町4丁目20−11

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