三溪園天満宮(横浜市中区本牧大里町)
2026.02.07[ 神社 ]

間門の旧家が祀ったという天神社が起源
三溪園天満宮(横浜市中区本牧大里町)
三溪園の園内にお祀りされている神社「三溪園天満宮(横浜市中区本牧大里町)」。
三溪園は、実業家・原富太郎(原三溪)によって造られた庭園。園内には、主に室町時代から江戸時代に日本各地に造られた建築物が移築され、公開されています。
三溪園外苑にはかつて「楠公社」(楠木正成がもと大阪・観心寺に1334年に建立した牛頭明王社が起源)・「皇大神宮」(栃木県大嶋製糸場から移されたもの)・「稲荷社」(御由緒不明)がありましたが、何れも空襲により焼失しました。そして「楠公社」があった場所に新たにお祀りされたのが、こちらの天満宮。
園内に掲示されている案内板には、以下のように記されています。
==========
三溪園天満宮
三溪園近くにある間門(まかど)の旧家・高梨家が江戸時代に同地の丘の中腹に祀った間門天神が、その前身です。
昭和51(1976)年に三溪園に移されました。
==========
最寄駅は、JR根岸線「根岸」駅。駅から三溪園の正門までは、徒歩で約40分ほどかかりました。
三溪園の入口。
三溪園の入口を入って間もなくの場所からの眺め。中央の奥に見えるのは、三溪園を象徴する(?)旧燈明寺三重塔。
観心橋からの三溪園天満宮の外観。
橋を渡った先からの眺め。
正面の鳥居。
社殿。
鳥居脇の狛犬。こちらは、空襲によって焼失した楠公社があった頃からのものだそう。
MAP
神奈川県横浜市中区本牧大里町30−2