田端神社(杉並区荻窪)

2024.11.23[ 神社 ]

田端神社(杉並区荻窪)

旧田端村の鎮守神 田端神社(杉並区荻窪)

旧田端村の鎮守神としてお祀りされていた「田端神社(杉並区荻窪)」。

室町時代の応永年間(1394~1428年)に、品川氏の家臣によって京の北野神社の御分霊を祀ったのが起源と伝わっています。現在は住宅地の中に鎮座していますが、かつてこの一帯は水田が広がっており、その端にあったことから「田端天神」とも呼ばれていたと云います。江戸時代には旧田端村の鎮守としてお祀りされていました。

杉並区教育委員会による案内板には、以下のように記されています。

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当社は菅原道真公を祭神とした旧田端村の鎮守で、かつては北野神社(天満宮)とも呼ばれ、村の産土神として崇められてきました。
創建は応永年間(1394~1428)といわれ、社伝によれば、武蔵国の有力者、品川左京の家臣良影という者がこの地に土着し、京都の北野神社の分霊を祀ったことにはじまると伝えられています。
いつしか社が田の端にあることによって田端神社と呼ばれ、明治44(1911)年にそれが社号となりました。
それに先立つ明治42(1909)年、当社は村内に鎮座してあった天祖社・稲荷社・子ノ権現社・山神社を合祀しました。これにともなって各社の祭神が当社に祀られ、現在の祭神は菅原道真公・天照皇大神・豊受比売命・大国主命・大山祇命の五柱です。
当社祭神の一柱である、大国主命は足痛・腰痛に霊験有りとして知られ、社蔵の木槌のご利益への返礼として奉納された木槌(杉並区登録有形民俗文化財)が多数残っています。
文化財としては、延宝5(1677)年銘・享保3(1718)年銘の庚申塔、江戸時代に造られたといわれる木造の両部鳥居、江戸末期から大正期にかけて奉納された力石などがあります。

令和6年3月 杉並区教育委員会

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上記の通り、現在の御祭神は、菅原道真公・天照皇大神・豊受比売命・大国主命・大山祇命。

最寄駅は、東京メトロ丸ノ内線「南阿佐ケ谷」駅。

神社入口。

一ノ鳥居。

細長い参道を進むと、ニノ鳥居と境内が見えてきます。

境内の拝殿。

拝殿の扁額。

境内社の稲荷社。

境内社。

MAP

東京都杉並区荻窪1丁目56−10

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