根岸八幡神社(神奈川県横浜市磯子区)

2021.07.19[ 神社 ]

根岸八幡神社(神奈川県横浜市磯子区)

6世紀創建と伝わる、横浜・根岸の古社 根岸八幡神社(神奈川県横浜市磯子区)

6世紀創建と伝わる、横浜・根岸の古社「根岸八幡神社(神奈川県横浜市磯子区)」。

欽明天皇十二年(西暦551年)に、現在「八幡橋八幡神社」があるところに創建されたと伝わっています。古くから根岸村の鎮守として祀られてきました。

江戸時代中期に現在地に遷座しました。遷座に至る過程については「八幡橋八幡神社」の頁をご参照ください。

境内に掲げられている「根岸八幡御縁起 口訳略気」には、以下のように記されています。

==========

今から一、四四〇年の昔、即ち第二十九代欽明天皇一二年のこと、根岸の海の沖合に、黄金色の光が輝き渡りました。すると海上に妙なる響きが流れて音楽を奏するようでした。浦の人々は何事かと驚き、浜辺に出て沖合をみつめました。だが、それが何であるのかわかりません。次の日も、また次の日も、光が輝くと妙音が響き渡るのです。七日目の事でしたその光明と妙音がしずしずと浜に近づき、八幡川の清流がそそぐ河口近くの砂丘(今の動物検疫所の所)のふもとに着岸しました。とたんに、光は消え響きも静まりました。みずぎわに何とも知れない物体が姿を現しました。村人はあそこだ。あそこに何かあるといって 、おそるおそるその方を望み見ました。村の古老が呼び出されてきました。ひとあしひとあし近寄って行きました。村人は後から続きます。男も女も、年よりも子供もみんなついてきました。汐にうたれて黒光りした像が亀の形をした台座に立ち、五尺くらいの枯木の根に乗っておりました。古老は「おお、これは神様じゃ、神様じゃ、わしらの村を守るために遠くの海からやって来られたのじゃ。」といいました。村人はほっといたしました。誰の胸にも異変がなければよいが、という不安があったからです。わしらを守って下さるってそれはありがたい神様だと、みんな喜びあいました。村の守り神としておまつりする事になりました。大事に取りあげて、村おさの家にうつし、ひと間に安置しました。村人は入れかわり立ちかわり神様をおがみに参りました。
その人ごみの中から一人の童が突然走りまわり、ものの気につかれたように狂い騒ぎだし五、六尺も飛びあがり飛びあがりして口走りました。
「われはこれ正八幡なり。この里鎮護して里人の苦難を救わんとて、千里の道ただよい来るに、ああ知らずして民家に置けり。早く当浦われ着岸の芝原へ社を建てて遷すべし。」言い終わるなや、この童は大汗をかいて身震いしたかと思うと、静かに座してもののけはさめました。里人たちは、驚き、そしてありがたいありがたいと喜びあい、社を建てる事に一決、総出で立ち働いて、お宮をつくりました。石を運ぶもの、石をならべて土台を作る者、木を運ぶ者、けずる者、一致協力して、まもなく立派な社殿ができました。八幡川の下流の東岸今の滝頭八幡の所です、誰いうとなく八幡宮と尊称、根岸村の鎮守として、毎年九月十五日に例祭を行ない、村民ひとしく崇敬してきました。時代はぐっと下がって、江戸時代のはじめ、慶安四年(一六五一)に検地がありました。只今の土地所有調査です、この時、今の原町の一帯は滝頭村にはいることになりました。それから百年余りたった明和三年(一七六六)に現座地に御遷宮がなされ、例祭も八月十五日に改められ、今日に至っております。

==========

御祭神は、主神として八幡皇大神。合祀神として、天照皇大神・宇佐八幡大神・大山祇大神。合祀神は、明治期に合祀されたものです。

最寄駅は、JR根岸線「根岸」駅。徒歩約6・7分ほど。

正面の鳥居。

石段を上がった先に、拝殿が見えます。

拝殿。

拝殿前の狛犬。

境内社。

MAP

神奈川県横浜市磯子区西町1−1

特集

閲覧ランキング

モバイルバージョンを終了