上白根稲荷神社(横浜市旭区上白根町)

2022.07.15[ 神社 ]

上白根稲荷神社(横浜市旭区上白根町)

旧白根村の鎮守として祀られていた神社 上白根稲荷神社(横浜市旭区上白根町)

江戸時代創建・旧上白根村の鎮守として祀られていた「上白根稲荷神社(横浜市旭区上白根町)」。

もともとは池田金太という甲州出身の商人の屋敷神だったそうですが、その後上下白根村の鎮守として、また明治以降は上白根の鎮守として崇敬されてきたと云います。

境内に掲示されている『上白根稲荷神社の変遷』には、以下のように記されています。

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上白根町二二一番地にあり、宇加之御魂命ら五人の神様が祭神として祭られています。
以下天照大神、皇産神、大己貴命、日吉大神。
明和四年(一七六七年)九月、正一位稲荷大明神(当時武蔵国都築郡白根村)、として(上・下合わせ五十戸)村に鎮座しました。上白根村二十八戸。
始め池田金太宅の屋敷稲荷だった。池田金太氏は元来甲州の人で商人として大成功を収めた後居住していたが、後に故郷に帰った。
屋敷跡が金太屋敷とよばれている。鳥居の右端に舟地蔵(享保四年(一七一九)七月上白根村総百姓と台座にかいてある)があり、その又右側です。
明治三年の神仏分離令により白根不動尊から白根神社が分かれ、これより上白根村だけの稲荷社となりました。
本殿(神殿)は寛政十三年(一八〇一年)二月初午に五代目名主高橋勘右エ門、年寄池田喜左エ門、大工棟梁鎌倉浦牢助春重らにより建立されています。現在の本殿幣殿は大正十二年(一九二二年)に再新築された。
なお白根とは、独り寝の意味で、奈良時代九州筑紫へ夫を防人として送り出した後(万葉集より)、妻が貞操を守り、夫の帰りを待つという事のようです。
大正十一年十一月七日に、神明社・第六天社・杉山社(現在の横浜農業協同組合白根支所、北方台地大原南住宅地)、と山王社(上白根病院中程)が稲荷社に合併され現在に至っている。
(以下略)

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御祭神は、宇加之御魂命・天照大神・皇産神・大己貴命・日吉大神。

現在は旭鎮守八幡神社の兼務社となっているようです。

最寄駅は、相模鉄道本線「鶴ヶ峰」駅。徒歩約30分ほどでしょうか。。

正面の鳥居。社殿は崖の上。

崖の上の境内の様子。

拝殿。

拝殿に掲げられた扁額。

境内社。

MAP

神奈川県横浜市旭区上白根町221

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