井田三舞稲荷大明神

2019.02.14[ 神社 ]

井田三舞稲荷大明神

江戸時代に祀られた屋敷神が起源と伝わるお稲荷さま 井田三舞稲荷大明神

江戸時代からのこの地の有力者の屋敷神が起源と伝わる「井田三舞稲荷大明神」。

神社の敷地にある掲示板には、以下のように記されています。

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井田三舞稲荷大明神について

井田三舞稲荷大明神は、青山甚右衛門によって江戸時代の頃に屋敷稲荷として建立されました。社殿は欅の権現造りで、竜の彫刻と青山総本家の「丸に三つ割菊」の家紋を配しています。境内の敷地は約七十坪あり、個人所有のお稲荷様としては、中原区屈指のものといえます。現在の社殿は、昭和六十年四月に青山一族と地区の有志の合わせて十名によって約四〇〇万円をかけて改修されました。現在は、青山一族と地区の有志によって管理しています。
青山甚右衛門は明治初年の頃の実力者で、明治七年地租改正施行規則が布達された時この辺の代表として地租改正掛総代人に任命され、地租改正反別取調べを行ない金納制にするために大いに尽力しました。
また、社殿の南西側には、弘化五年(一八四八年)造立の庚申塔が立っています。そして青面金剛像の前には力だめしの石「さし石」があります。庚申青面は、庚申待ちにまつる神像で庚申待ちとは、庚申にあたる日の夜に行なう祭事のことです。江戸以来、この場所は庶民の社交の場であったと考えられます。

平成十三年三月吉日 三舞稲荷講中

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元屋敷神だったんですね。この「青山氏」の出自は今ひとつ掴めなかったのが少し残念です。。

最寄駅は、東急東横線「元住吉」駅。元住吉の駅前から続く商店街を抜けた先の住宅街の中に佇んでいます。とはいっても周辺は住宅街というよりは、住宅地を抜けかかった場所にある、耕地(畑)の一角、といった風情。かつては辺り一面畑が広がっていたのでは、と思います。そういうのを想像しながらの散歩って、楽しいですよね?

住宅と農地が混ざるエリアの細い道にある案内板。さらに細い路地を進んだ先に鎮座しています。

鳥居。左側に社殿があるのですが、残念ながら中には入れませんでした。

社殿の脇に掲げられている御由緒。

御由緒に触れられている庚申塔かと思われます。

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