三嶋神社(横浜市泉区岡津町)

2025.09.10[ 神社 ]

三嶋神社(横浜市泉区岡津町)

旧岡津村の鎮守神 三嶋神社(横浜市泉区岡津町)

江戸時代には岡津村の鎮守としてお祀りされていた「三嶋神社(横浜市泉区岡津町)」。

創建年代は、神社の御由緒板では『明らかではないが、和銅六年(七一四年)奈良時代 相模国風土記に鎌倉郡中川村字岡津三嶋神社として文献にある』とあるのですが、ネットで調べてみると、多くの方が「1536年(天文5年)」説を採っているようです。江戸時代には岡津村の鎮守としてお祀りされていました。

この神社や、その近隣にある岡津小学校・岡津中学校一帯は、かつて岡津城・岡津陣屋があったとされる場所。後北条氏支配の時代には太田大膳亮がこの地を知行し、また徳川家康の江戸入府後は彦坂元正の知行地となっていました。この周辺が鶴岡八幡宮の寄進領であったこと、また東海道が近かったこともあり、鎌倉の宗門勢力や東海道の監視といった政治上の要衝として意識されていたことが窺えます。

境内に掲げられている御由緒板には、以下のように記されています。

==========

社創建
創建の年代と創建者は明らかではないが、和銅六年(七一四年)奈良時代 相模国風土記に鎌倉郡中川村字岡津三嶋神社として文献にある。

再興
天文五年(一五三六年)室町時代 乱世の代より多くの武人・農民が岡津の地に住み心の拠り処として祭事を行った。
天正十八年(一五九〇年)安土桃山時代の代官が守護神として社を造営整備信仰につとめた。
文化四年(一八〇七年)江戸時代 名主四人世話人九人により社を再建。
昭和四十四年(一九六九年)昭和時代 旧社殿は建立後約百六十年経過し修復も難しくなり地域の人々の浄財を仰ぎ現社殿が新築された。

==========

御祭神は、大山祇命(神社庁サイトでは大山祇神)。

現在は新橋神明社の兼務社となっているようです。

最寄駅は、相模鉄道いずみ野線「弥生台」駅、あるいは「緑園都市」駅。

一ノ鳥居の前から。

その先に、すぐにニノ鳥居が現れます。

拝殿は、さらにその先一段高いところにあります。

拝殿。

御由緒板。

境内社。

MAP

横浜市泉区岡津町2352

特集

閲覧ランキング

モバイルバージョンを終了