白神社(横浜市戸塚区名瀬町)
2026.02.12[ 神社 ]

平安時代後期の創建と伝わる、闇淤加美神を祀る「白神社(横浜市戸塚区名瀬町)」。
平安時代の990年(正暦元年)、稲荷大明神として創建されたと伝わっています。その後、白蛇をお祀りするようになり「白大明神」に改名されたそう。『新編相模国風土記稿』には「白明神社」として記載されており、名瀬村の鎮守だったと書かれています。
神社の御由緒板には、以下のように記されています。
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【御祭神】
創建時、稲荷大明神であった際の御祭神は、はっきりしていません。
現在の御祭神は「闇淤加美神」様、伊邪那美神が迦具土神を産んだことでお亡くなりにあり、悲しんだ伊邪那岐神が迦具土神の頸を斬り、その際刀の柄に集まった血が手漏れ出て滴った二神のうちの第一柱(闇淤加美神・闇御津羽神)。
また「闇淤加美神」様は、泉に住む竜蛇神様の意味があります。
【創建】
白神社の創建は、大変古く、平安期一条天皇の頃、正暦元年(九九〇年)と推定されます。千年以上の昔。
【縁起】
近江国 近藤玄蕃介秀延が安和の乱に敗れ、東国に落ちのび、駿河国の秋葉神社に参詣祈願したところ、お告げがあり、名瀬の里は中谷に住むことに。
玄蕃介から五代目、近藤延茂が名瀬村の稲荷神社に参詣した折、白狐(※白鷺、白蛇など諸説あり)と遭遇、感動して、この社を「白大明神」に改めたとのこと。
また、地域の伝承では、昔、名瀬の里に白窪という地あり、白窪に大きな白蛇住みつき、農地を荒らしていた。
里人は、これは「闇淤加美神」様が白蛇に化身し、里人を戒めていらっしゃるに違いないと。心清らかに、さっそく神社を造り、白蛇様をお祀りし、名を「白神社」とした。
この地では「白蛇様が上から下におりていく年は豊年、逆に上って行く年は不作の年」という言い伝えが、長く伝わっていたようです。
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上記の通り、御祭神は、闇淤加美神。
現在は泉区にある新橋神明社の兼務社となっているようです。
最寄駅は、相模鉄道いずみ野線「緑園都市」駅。
神社外観。
正面の鳥居。
鳥居の扁額。
参道を登っていきます。
参道の途中にある手水舎。
境内の眺め。
拝殿。
拝殿前の狛犬。
境内社。
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MAP
神奈川県横浜市戸塚区名瀬町1774