七ツ木神社(藤沢市高倉)
2023.08.07[ 神社 ]
境川沿いの水田地帯を見下ろす場所に鎮座している鯖明神「七ツ木神社(藤沢市高倉)」。
詳しい創建年代は不明ですが、安土桃山時代の文禄年間(1592年〜1596年)に創建されたのではないかと云われています。江戸時代には旧七ツ木村の鎮守としてお祀りされていました。この地域固有の鯖明神の一社で、「七サバ参り」の一社にも数えられています。
境内にある『長後地区郷土づくり推進会議 歴史散策の会』による案内板には、以下のように記されています。
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以前は鯖明神社と称し、明治初年に七ツ木神社と改名されました。境川・引地川・和泉川流域に点在する「サバ神社」十二社中の一社であり、旧七ツ木村の鎮守です。江戸中期から明治初期に流行した「七サバ参り」(七ヶ所のサバ社を巡礼することにより無病息災を祈る風習)の一社でもありました。サバ社の社名の由来は祭神の源義朝(頼朝の父)の官職が「左馬頭(さまのかみ)」であったからと言われています。(ただし、サバ神社十二社の内、和泉川流域に点在する三社の祭神は摂津多田源氏の祖・源満仲です。)
安土桃山時代の文禄年間(一五九二年〜一五九六年)に創建されたと言われています。一説には、当時信仰の厚かった澁谷義重(渋谷庄司重国の子孫とも言われる。)による創建とも言われていますが、定かではありません。
江戸時代後期の文政九年(一八二六年)に再建され、昭和四年(一九二九年)に拝殿が改築されています。
なお、この社の鳥居は「両部型鳥居」と言われるもので、両部とは真言密教の「金剛界」・「胎蔵界」の両部を具現したものです。境内には江戸期から明治期にかけての山岳信仰や養蚕関係の碑、庚申塔等の石碑、石仏類が点在し、鎮守の森の荘厳な雰囲気を今なお伝えています。
平成三十年(二〇一八年)三月吉日
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御祭神は、源義朝。
現在は西俣野にある御嶽大神の兼務社となっているようです。
最寄駅は、相模鉄道いずみ野線「ゆめが丘」駅、あるいは小田急江ノ島線「長後」駅。
神社入口。
正面の鳥居。
鳥居脇の石塔群。
参道の狛犬。
石段を登った先の風景。
拝殿。
拝殿に掲げられている扁額。
地中に埋め込まれている賽銭箱。いろいろあったんでしょうが、なんというか、物悲しさを感じます。。
斜面には、境内社の石宮や様々な石塔がお祀りされています。
境内からの、境川沿いの田園地帯の眺め。
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MAP
神奈川県藤沢市高倉1128