京浜神社跡(横浜市神奈川区山内町)
2022.09.16[ 神社 ]
浅野造船所に祀られた「造函皇大神宮」が起源
京浜神社跡(横浜市神奈川区山内町)
浅野造船所に祀られた「造函皇大神宮」が起源の神社の跡「京浜神社跡(横浜市神奈川区山内町)」。
昭和初期に、浅野造船所の繁栄と安全を祈願して、洲崎神社の御分霊を勧請し「造函皇大神宮」として創建されたと伝わっています。1966年(昭和41年)に「京浜神社」と改称、数度の遷座の後1982年(昭和57年)に現在地に落ち着きました。
浅野造船所は、1916年(大正5年)に浅野総一郎が設立。その後1940年(昭和15年)に日本鋼管(現在のJFEエンジニアリング)と合併し日本鋼管鶴見造船所となりました。
造船所は1995年(平成7年)に閉鎖され、跡地は「コットンハーバー地区」として再開発、現在はタワーマンションが立ち並んでいますが、海辺の一角に「浅野ドック跡」としてドックがそのまま残されています。
神社はそのドック跡のすぐそばにあったのですが、2020年3月に閉社。御神体は洲崎神社(おそらく神奈川駅そばにある洲崎大神のことだと思われます)に返還されたそう。現在神社の跡地は、「そこに神社があった」雰囲気だけを残し、構造物は全て撤去されている状態です。
最寄駅は、京浜急行本線「神奈川」駅。「京急東神奈川」駅からも徒歩圏です。
神社跡の全景。
神社跡、とわかって見ているので、どこに何があったのか想像できますが、敷石以外には遺物らしきものは何もありません。。
その僅かに残された石の上で、涼を取りながらお昼寝中の猫。
MAP
神奈川県横浜市神奈川区山内町