稲毛神社

2018.01.08[ 神社 ]

東国平定を願って祀られた「武甕槌宮」が起源の古社・河崎(川崎)の総鎮守 稲毛神社

東国平定のために、武神・武甕槌神を祀ったのが起源と伝わる「稲毛神社」。

正確な創建年代は不明ですが、景行天皇が東国巡幸の際にこの神社に立ち寄ったと伝わることから、4世紀には創建されていたものと思われます。当時は「武甕槌宮」と呼ばれていました。

その後欽明天皇の御代(6世紀)に天皇の命により経津主神、菊理媛神、伊弉諾神、伊弉冉神を配祀、以後勅願所となったそう。また平安時代末期にはこの地を拝領した河崎基家(桓武平氏・秩父氏の傍流)が山王権現を勧請、以後は「河崎山王社」あるいは「堀之内山王権現」と呼ばれるようになりました。

鎌倉時代初期には源頼朝の命を受けた佐々木高綱が社殿を建立。

主祭神は、武甕槌神。配祀神として、経津主神、菊理媛神、伊弉諾神、伊弉冉神。河崎基家によって勧請された山王権現は、上丸子日枝神社へ遷座しました。これは、東京下向の際に立ち寄った有栖川宮熾仁による「御社名、新政府の神仏分離の方針に相応しからず」の一言に対応した(せざるを得なかった)ことによるものだそう。こんなところにも「神仏分離」の影響が。。それに伴い、この地の名称「武蔵国稲毛庄」から現在の「稲毛神社」に改称されました。

先の戦災によって江戸時代に作られた社殿は焼失してしまいましたが、戦後に再建されました。

最寄駅は、JR各線「川崎」駅。徒歩7分ほど。

表参道にある大鳥居。

注連縄鳥居。奥の左側に見えるのが、拝殿前の鳥居。

「天地睨みの狛犬」。

境内社の「大鷲神社」(右)と「子神社」。

境内社の「堀田稲荷神社」と「第六天神社」。境内社は全部で16あります。

境内社の「佐佐木神社」。鎌倉時代に社殿を建立した佐々木高綱が故郷の「沙沙貴神社」を勧請したもの。佐々木氏は、宇多源氏の流れを汲む氏族で、六角氏や京極氏、近年では乃木希典もこの一族だと云われています。関東では非常に珍しいのでは?

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